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明日は良い日 ~Hope For Tomorrow!~
キュアラブリー「世界に広がるビッグな愛! 現れろ《No.11 ビッグ・アイ》!」
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なのはと普通の男:第三話 A's時代
 その日、12月2日。

 彼は自宅となるアパートの一室で、壁に掛けられた時計を見つめていた。

「……遅いな、なのはちゃん」

 時計が表す時間は、既に夜の九時を回っている。
 この時間、いつもならば二人は電話やメールのやり取りをしている筈であった。もちろん、なのはからのアプローチによってである。
 なのははこうして少しずつ距離を縮めようと苦心しているのだが、それに気付かず妹分可愛さだけでそれに応じている彼に、なのははいつも肩を落としている。
 それはそれとして、なのははこのやり取りを自分から途切れさせたことがない。彼が用事によってやむを得ず出れない時はあるものの、全く音沙汰もないというのは通常では考えられないことであった。
 そう、通常では、とつくのだ。実際、半年ほど前になのはが彼に隠れて行動していた時。その時も、たまに連絡が途切れることがあったのだ。
 彼は、その時のことを思い出していた。

「また、何かあったのかな」

 そう口に出して、まさかと苦笑する。
 あの時のことは既に解決しているはずだった。なのは自身からもそう聞いているし、その件に深く関わっているであろう、フェイトという少女のことも見知っている。とはいっても、ビデオメールを通しての間接的なものではあったが。
 その様子を見る限り、その問題は解決しているとみて間違いないと彼は思っていた。それは、二人が心から笑みを浮かべて交流していたことからも想像できる。二人の間に、何か懸案事項があるような態度は見られなかったからだ。
 なら、今日のこれは、何か外せない用事でもできたのだろう。彼はそう思うことにした。
 小学三年生とはいえ、なのはは塾にも通っているし、家の手伝いも積極的にこなす。それなりに忙しくしているようだから、こういうこともあるだろう、と。
 そう結論付けると、彼はなのはに簡単なメールだけ送って、テレビをつけた。
 最近になって売れ始めた芸人が映り、明るい笑い声が室内に響く。それに耳を傾けながら、不意に心に浮かんだ感情を彼は少しだけ意識した。

(……なんか、こう……)

 物足りない。
 そんな寂寥感にも似た空隙を心に感じながら、彼はその日の夜を過ごしたのだった。





 *





 翌日。
 あの後、遅れたもののなのはから連絡を受けた彼は、結局普通に床に就いていた。そして、今日も今日とて目を覚ました彼は、何時に来たのか既に朝食の準備をしているなのはに声をかけ、いつものように二人で食事をするのだった。
 常と変わらず穏やかな朝の光景。しかしそんな中、ふとなのはからあることが提案される。

「引越しの手伝い?」
「うん。というよりは、ご挨拶、なのかな? お兄さんもフェイトちゃんって知ってるよね?」
「まぁ」

 なのはに送られてくるビデオメールで見たことがあるだけではあったが、確かに彼は知っていた。
 フェイト・テスタロッサ。半年ほど前になのはが知り合い、後に友人となったという少女のことである。長い金髪を左右でまとめて下ろしているのが特徴的で、あまり口数が多くない子供だったことを彼は記憶していた。
 なのは曰く色々なことがあって友達になった子、らしい。それを語るなのはの表情はどこか悲しげであったが、しかし映像で見るフェイトからそういった様子はあまり見受けられなかった。
 どちらかといえば、満面のとは言えないが笑顔のほうが多かったし、彼は彼女に内気だが明るい子なのだろうというイメージを持っていた。
 それが彼が知るフェイトという少女の全てだ。そして、なのはの話によると、そのフェイトとその家族がこのたび海鳴に引っ越してくることが決まったようなのだった。

「だからね、そのご挨拶にお兄さんも来て欲しいなって。アリサちゃんとすずかちゃんも呼んでるんだ」
「なるほど。けど、いきなり見ず知らずの俺が行ってもいいの?」
「大丈夫だよ。お兄さんのことは、私が話してフェイトちゃんも、みんなも知ってるから」
「そうなのか」
「うん。みんな、そんなに素敵なお兄さんがいるなんて羨ましいって」

 えへへ、と照れくさげに笑うなのは。
 それに対し、見知らぬ人たちの間で自らの価値が勝手に高騰していることを知った彼は戦慄した。これでは会いに行って本人を見たらがっかりされてしまうのでは、という危惧が生まれたのだ。
 変なところでハードルを上げられたことに肩を落とし、同時になのはが一体その人たちに何を言ったのかが無性に気になる彼なのだった。
 とはいえ、話を聞けばその彼らは半年ほど前になのはが随分お世話になった人でもあるという。
 それを聞き、彼は会うことを快諾した。そうと聞いては、この子の保護者として挨拶とお礼をしないわけにはいかない。そんな義務感に駆られたのだ。
 シスコンと共にいささかファザコンも併発している気のある彼なのだった。





 引越しの手伝いのために先に行くと言って出て行ったなのはを見送り、彼はゆっくりと準備をする。
 なのはに指定された時間は午前と午後の境目あたり。まだまだ時間には余裕があった。
 その時間を使い、彼はお土産に持っていくものを見繕う。海鳴でも大き目のデパートに出向いた彼は、商品棚を前にどのようなものを持っていけばいいのかで悩んでいた。
 よくよく考えれば、相手の好みも何も知らなかったことに気がついたのだ。こんなことなら、事前になのはから何か情報をもらっておけばよかったと後悔するも、後の祭りである。
 そのため、こうして唸る彼だったが、結局は定番のもので済ませることにした。本当なら相手が一番喜ぶものがいいのだろうが、わからない以上は無難なものにしておいたほうがいいだろうと判断したのだ。
 そうして彼が選んだものは、引っ越し祝いの定番中の定番である蕎麦。それと、お茶請けにもなるだろうと思っての、和菓子のセットだった。
 それらを包んでもらった彼は、その足でなのはに教えられていたマンションへと向かう。そこがフェイトとその家族が新しく住む場所なのだと紹介されたが、そこは最近完成したばかりの高級マンションであった。
 世間話の中で聞いたことがあり、場所も近かったため、彼は問題なくその近辺まで辿り着く。そして住宅地の中で一際目立つその綺麗かつデザインのいい建物を見上げ……鼻で笑った。

「ふっ……アパートだって、悪くないさ」

 完全に負け惜しみだった。
 そして、なのはの友達はみんなお金持ちであることを思い出す。なのは自身も、家の庭に道場を構えるほどには裕福である。
 どうも、お金がないのは自分だけのようだ。そのことを悟った彼は、少しだけ世の中を世知辛く感じるのだった。

「――あれ、アリサちゃん。あの人なのはちゃんの……」
「ん、あれ、ホントね。おーい!」

 どこか煤けた背中を見せていた彼に、二つの幼い声が掛けられる。
 その声に反応して振り向けば、そこには彼が今まさに考えていたなのはの友達が近寄ってきていた。
 月村すずかと、アリサ・バニングス。ともになのはの親友という立場の少女達だ。それに加え、彼が先程まで考えていたようにお金持ちのお嬢様である。
 すずかは海鳴に居を構える資産家の娘であり、アリサは日本で成功したアメリカ人実業家の両親を持つ。
 とはいえ、二人ともそんな家柄に生まれたことを鼻に掛けることのない優しい少女であった。なのはを通じて接点のある彼も幾らか親しくしており、気安く話をする程度には関係を持っている。
 それを証明するかのように、声を掛けられた彼は表情を和らげ、片手を上げて挨拶を返した。

「こんにちは、二人とも」
「はい、こんにちは」「ええ、こんにちは」

 ふんわり包み込むような笑顔を見せるすずかと、髪をかきあげつつ優雅に返事を返すアリサ。
 一目で互いのらしさが見て取れるその様子に、彼は内心で笑みをこぼした。

「二人も、フェイトって子の引っ越し祝いに?」
「はい。私達も、なのはちゃんのビデオメールで交流があって、友達になりましたから」
「そういうわけで、私達も誘われてたのよ。あなたは、なのはから?」
「まあね。俺も話は聞いてたし、何度か映像を見せてもらってたから」

 そういう前提条件があったから誘われたのだろう。そう言外に含ませつつ、彼は手に持った紙袋を掲げてみせる。「これで、友達じゃなくても入れてくれるといいけど」と笑う。
 そのおどけた姿に、すずかとアリサも表情を緩ませて笑った。
 ちなみにアリサが彼に敬語を使っていないのは、彼自身がタメ口でいいと言ったからである。アリサの場合、なのはやすずかと話している口調が最も自然なものだと感じた彼が、アリサにそう提案したのだ。
 その言葉に甘える形で、アリサは敬語をやめていた。家の教育もあって敬語を使うことに不足はないアリサだったが、やはりそうでない時のほうが気分的に楽になるらしい。彼の提案はアリサにとって嬉しい気遣いだったといえる。
 すずかの場合は、敬語であってもそうでなくても問題はなかったようで、むしろ年上に敬語を使わないほうが気を遣う、ということで同じ提案をしたもののこちらは遠慮されている。
 さて、それはさておき。
 このまま立ち止まって話していても仕方がない、と三人は歩き出し、そして件のマンションのエントランスホールに足を踏み入れた。
 そしてエレベーターに乗り、あらかじめ聞いていた部屋番号と照らし合わせて降りる階を指定する。動き出したエレベーターの中、三人は話に花を咲かせていた。

「でも、きちんとお土産を持ってくるなんて、さすがですね」

 すずかが、談笑の最中にそう彼の気遣いを賞賛する。言葉にはしなかったが、自分たちは持ってきていないのに、というニュアンスを感じた彼は、フォローのように言葉を返した。

「まあ、こう見えて俺も大学生だしね。礼儀知らずではいられないよ。君達はまだ小学生なんだから、気にすることないって。それに、なのはちゃんがお世話になったんだ。兄貴分としては、これぐらいしないとね」

 そう言って快活に笑う彼だったが、その言葉に対する返答はなく、何故か二人揃って溜め息をつくだけだった。
 フォローが上手くなかったかな、と自分の失敗をバツが悪く思う彼だったが、しかしそんな彼の姿にすずかは苦笑を浮かべ、アリサは再び溜め息をついた。
 そして、アリサが少しきつめの口調で声を出した。

「……そうね、なのはの兄貴分だものね」
「そう、だからこそ挨拶とお礼を言っておきたいんだ。手土産っていうのも、芸がないけど」

 と、彼は普通に返すのだが、それに対してアリサはやはり嘆息するばかりであった。
 その様子に疑問符を浮かべる彼にちらりと視線を向け、苦笑を深くしたすずかがアリサに身を寄せて囁きあう。

「……なのはちゃん、報われないね」
「ホントにね。まぁ、気付けっていうほうが無茶なのかもしれないけど」

 そこで、二人は彼を見やる。
 狭いエレベーターの中とはいえ、身を寄せ合って小声で話されては内容を聞き取ることは難しい。ゆえに、彼は首を傾げることしか出来なかった。
 その、やはり何も理解していない兄貴分に、二人は揃って親友の恋路を思う。

「まぁ、年齢差もあるもんね」
「あの歳でなのはを意識しろっていうほうが、難しいのかもしれないわね」

 大学生と小学三年生では、文字通りの大人と子供である。
 互いにいくらか年齢を重ねた後ならば、十の歳の差も大きな問題ではなくなる。だが、今は大問題だ。社会的に彼の立場が危うくなる。それ以前に、彼の恋愛対象に小学三年生が含まれる場合、それはそれで問題だった。普通は、大学生にとって九歳は対象外だろう。
 結論として、現段階で彼になのはを恋愛対象として見て接しろというのは、無理難題というものだった。
 それこそ恋愛対象として認識されるには、もっと成熟してから……高校生程度にならなければ意識すらしてもらえない可能性が高かった。
 つまり約七年。自分たち子供には長すぎる時間だと二人は感じ、なのはの選んだ道の厳しさに思いを馳せる。

「……なのはちゃん、頑張ってね」
「くじけちゃダメよ、なのは」

 二人は小声で大切な親友にエールを送る。自分たちは、いつまでも応援し続けるという決意を乗せて。
 ただ一人、事情を知らない彼だけが、そんな二人の姿に怪訝な表情を浮かべていた。





 目的のマンションの一室に辿り着いた三人は、そこに今日から住むことになった面々に歓迎を受けた。
 なのは達の新しい友達であるフェイト、その飼い犬であるアルフ、フェイトの保護者であるリンディ、更にリンディの息子のクロノと、その恋人であるエイミィ(すぐ後にそれは誤解だとクロノからの訂正あり)。
 彼含めアリサ達は、なのはから先んじて彼女達のことは大まかに聞いていたが、本当にその通りの人たちであったことに安堵と好感を覚える。
 なのははこう言っていたのだ。「みんな、優しくていい人たちだよ」と。どうにも要領を得ない説明ではあったのだが、会ってみて確かに彼女達がいい人であることを三人ともが感じ取っていた。
 お茶やお菓子といったものを用意して、歓迎の準備が整えられ、誰もが笑顔で接してくれる。クロノとエイミィは時おり漫才のように掛け合いを見せていたが、それもまた自然な関係であることを感じさせ、飾っている様子もなかった。
 総じて、何も隠すことなく、それでいて良く見せようと必要以上に飾らない。ただありのままを見せて接してくる彼女達に、三人は好印象を抱いたのだった。
 そして、そんな居を移してきた人達の内の一人。なのはの友達となったフェイトは、いくらか緊張した面持ちで三人を出迎えてくれていた。
 当然、これが初対面となる三人は、なのはの横に立って出迎える金髪の少女と目を合わせると、それが合図だったようにフェイトが口を開いた。

「あの、は、はじめまして。フェイト・テスタロッサです。えっと、アリサとすずか、だよね?」

 ビデオメールで交流があったことから、フェイトは二人のことを見知っていた。そのため、緊張しつつも初対面ながらそれなりに親しげに話しかける。
 それに、アリサとすずかは笑顔で応えた。

「ええ、そうよ。私はアリサ・バニングス。改めてよろしくね、フェイト」
「私は月村すずかだよ。こちらこそよろしくね、フェイトちゃん」
「う、うんっ」

 友情を確認する三人。それを一歩下がって見た彼は、微笑ましい様子に思わず頬を緩ませる。
 フェイトの隣にいるなのはもこの光景を嬉しそうに見ていた。フェイトとは並々ならぬ道程を経て友達となった彼女だけに、目の前の光景にはやはり思うところがあるようだった。
 そうして互いに握手を交わし交流をしていたフェイトだったが、二人の後ろに控えるように立っていた彼の存在を忘れたわけではなかった。
 二人との交流に一区切りつけると、次は彼に顔を向ける。それを受けて、彼は気持ち腰を落として目を合わせやすくした。そうして出来るだけ警戒させないように笑顔を浮かべるが、しかしフェイトはどこか腰が引けているようだった。
 そんなに自分は怖いのかと内心で落ち込む彼だったが、しかし原因は彼にはなかった。
 ある意味特殊な環境で育ったフェイトは、異性との接点に乏しかった。いや、皆無だったと言っていいほどであったのだ。
 教育の過程で常識的な情報を得、知識としても充分に知っていたフェイトであるが、何事も実地の体験に勝るものはない。その点で、フェイトには体験というものがまるっきり足りていなかったのだ。
 とはいえ、クロノやユーノ、そしてアースラのクルーにもいる男性陣によって、いくらかその不足分は解消されている。しかし、初対面の異性にいきなり強気に出られるほどでもない。
 結果として、フェイトは少し尻込みした状態で彼の前に立つことになっているのであった。

「その、はじめまして。あなたが、なのはのお兄さん、ですか?」

 たどたどしい言葉ではあったが、嫌われたというわけではなさそうだと彼は安堵する。
 そして、その質問に笑顔で答えるのだった。

「そうだよ。まぁ、なのはちゃんの本当のお兄さんは別にきちんといるんだけどね」
「えっと……そうなんですか?」

 こてん、と首を傾げる反応に、彼もまた「ん?」と首を捻る。
 事前に自分のことは話していたのではなかったのか。朝にそう聞いた覚えのあった彼は、なのはのほうを見る。
 すると、なのははフェイトに言い聞かせるように語り掛けた。

「そうなんだよ、フェイトちゃん。お兄さんはお兄さんで、お兄ちゃんはお兄ちゃんだから!」
「なのはちゃん、それ余計にわからないよ……」

 明らかに要領を得ないなのはの説明に、すずかから鋭いツッコミが入った。

(そういえばなのはちゃん、国語の成績悪かったな……)

 彼も彼でそんなことを心の中で考えており、いささかならずとも失礼であった。

「え、え……?」

 そして当のフェイトはといえば、やはり理解できなかったのか更に当惑していた。そんな周囲の様子にアリサは溜め息をついていたが、目の前にいる彼はそんな対応をするわけにもいかなかった。
 妹分のフォローも兄貴の役目か。そんな風に自分を納得させて、彼はおろおろと戸惑うフェイトに声を掛ける。

「つまりね、俺はなのはちゃんと血の繋がった兄妹じゃないってこと。でも、本当のお兄さんじゃないけど、それぐらいに仲がいいから“お兄さん”って呼ばれてる……って言えば、わかるかな?」
「あ、はい」

 今度はフェイトも理解できたようで、素直に頷く。
 かなり短縮した大雑把な説明であったが、要点は抑えてあったので、フェイトにもわかりやすかったのだろう。
 だが、なのはにとっては言い足りない部分があるらしく、少し不満げに頬を膨らませていた。が、それも彼にまあまあと宥められればすぐに治る。
 彼女も自分の説明がどうにもまずかったことは自覚しているらしかった。なのはの場合、こと彼のこととなると感情が先走る傾向があるというのは、彼となのはの関係を知るもの全員の談である。
 自分でも実は、そうなのかも、と考えつつあったなのはである。件の彼に宥められてしまっては、拗ねてばかりもいられない。はぁ、と自分の国語力のなさに肩を落とすだけであった。
 そんななのはの様子を横目で見て、後で慰めておこうと彼は心に留めておく。
 だが、その前に……。

「私は、フェイト・テスタロッサです。よろしくお願いします」

 そう言って、ぺこりと頭を下げる。
 それに、彼もまた自己紹介をして「こちらこそよろしく」と応じる。
 笑顔で応じた彼に、少し緊張が解れたのかフェイトも小さく笑みを浮かべる。
 そんな和やかな空気が漂う二人を、なのはが嬉しそうにかつ拗ねたように見ていたことを、彼女の親友二人は苦笑と共に見守っていた。





 その後、彼は手土産を持って家主であるリンディの元を訪れた。ちなみに子供組は一塊になってリビングで談笑中である。初めて顔を合わせたとはいえ、既にビデオメールという下地があったことが良かったのだろう。仲睦まじげに過ごしているようだった。

「はじめまして。お引越しおめでとうございます。あ、これ差し上げます。つまらないものですが」
「あら、ご丁寧にどうも。ありがたくいただきます」

 受け取ったリンディは、それをエイミィに預けてきちんと保管するように指示を出す。それを受けたエイミィがこの場を去り、残ったのは彼とそれに向き合う形になって座るリンディとクロノだけという構図となった。
 しかし、こうして見ず知らずの大人と改まって接する機会に乏しかった彼は、こういう時にどう口火を切ればいいのかがわからない。所詮彼はまだ学生の身であり、経験不足というのは隠しようのない事実なのだった。

「なんだか、初めてお会いした気がしないわ」
「え?」

 唐突にその場に表れた言葉に、彼は思わずその声を発したリンディの顔を見る。
 その表情はとても穏やかで柔らかく、泰然としている。その様はいかにも大人の余裕を感じさせ、たかが第一声に戸惑っていた自分との差を彼に強く感じさせた。
 しかし、それが劣等感に繋がることはない。逆にこの人には敵わないと諦めにも似た思いと共に、身体に入っていた力がすっと抜けるようであった。
 これがカリスマ、あるいは人としての魅力というものなのかもしれない。彼は幾らか楽になった心地で、そんなことを思った。
 リンディは対する彼の顔から強張りが抜けたのを見て取ると、より笑みを深くして言葉を続けた。

「いえ、なのはさんからあなたのお話をよく聞いたものだから」
「あ、ああ、なるほど、そういうことですか。……その、なのはちゃん、なんて言っていました?」

 そう彼が問うと、リンディの顔は苦笑を浮かべ。隣のクロノは溜め息をついた。
 両者の芳しくない反応を見た彼は、一体なのはは何を言ったのかと冷や汗を浮かべる。陰口を言うような子ではないからその点では信頼しているが、実際に二人のような反応を見てしまうと、不安が顔に覗くのも仕方がないというものであった。
 そんな彼の内心を慮ったリンディは、苦笑を浮かべたまま口を開く。

「いえ、悪いことを言っていたわけではないのよ。ただ……なのはさんは、あなたのことが大好きなのね、ということ」
「え?」
「あなたのことを話す時、なのははいつも笑顔でしかもあなたのことをべた褒めでした。会ったこともない僕達にも、あなたの人柄がよくわかるほどに。……のろけ話を何分間も聞かされるのは、少々堪えましたが」

 クロノの最後の言葉は溜め息交じりでどうにも明瞭ではなかったが、しかし彼がいかにも疲れた様子であったことから迷惑をかけてしまったようだと彼は感じた。
 クロノがなのはのことを呼び捨てで呼んでいたことは一先ず置いておくことにした彼は、そうまで言われるほどに自分のことをなのはが話して回っていたらしいことを、気恥ずかしく思う。
 とはいえ、それが不快というわけではない。むしろ、恥ずかしさと共に慕われていることへの嬉しさを感じていた。
 が、それで羞恥が誤魔化されるというわけでもないらしく。彼の顔はいささか熱を帯びて赤くなっていた。

「ど、どうもすみません……ご迷惑を……」
「いえいえ、そんな。私は楽しかったですわ。それに、謝らないといけないのはこちらです」

 一転、リンディの顔は真剣なものになる。
 そして、すっと頭を下げた。

「なのはさんのような小さなお子さんを、何日もこちらに帰さなかったこと。そのことを、謝罪します」

 クロノも同じく頭を下げる。
 本当にそのことを申し訳なく思っていることがわかる真摯さであったが、そのようにされて彼は困惑するしかなかった。

「いえ、そんな! 俺はなのはちゃんの家族というわけでもないですし、そんなことをされなくても……」
「もちろん、なのはさんのご家族には後できちんとお話に伺います。けれど、なのはさんにとってはあなたも家族のような方だと伺っていたものですから」

 そう言われては、彼としても納得するしかなかった。彼自身なのはのことを家族のように思っているし、それを否定することは出来なかったからだ。
 そして、こうして本当の家族ではない自分にも頭を下げる姿に、彼らが心からこちらのことを考えてくれていることを察する。そのことを思い、彼はその気持ちを無碍にしてしまうことは逆に失礼に当たると考えを改める。
 そして、彼もまた姿勢を正して応えた。

「では、その謝罪を受け取ります。そのうえで、言います。本当に、ありがとうございました」

 今度は彼がお礼と共に頭を下げた。
 まさか礼を言われるとは予想もしていなかったのだろう。リンディとクロノは揃って「え?」と疑問の声を上げた。

「なのはちゃんにとって、今回のことはきっと大切なことだったんだと思います。俺は何も聞いていないから、想像でしかないですが……」

 彼はそこで少し寂しげな顔を見せたが、リンディ達はそのことに気がつかない振りをする。そして、ただ彼の言葉に耳を傾けた。

「でも、そこに俺がいてもどうしようもなかった、っていうのは判ってるんです。だから、そこにあなた達がいてくれてよかった。なのはちゃん一人じゃなく、きちんと頼れる人達が傍にいると思うと、安心できましたから」

 そこで一度言葉を切り、彼は改めて向き直る。

「だから、ありがとうございます。あの子の兄貴分として、お礼を言わせてもらいます」

 そう言ってもう一度頭を下げる。
 その姿を見て、リンディとクロノは僅かながら呆気にとられた。彼らにとって自分たちは、まだ小さな子供を勝手に連れ回した相手でしかないはずだった。
 それがいくら本人の望みであり、同意の下のものであったとはいえ、感情がそう簡単に納得できるはずもない。
 事実、民間協力者あるいは管理局員として幼いながら勤めた子供の親は、管理局に対して否定的な見方をすることが多いという話もある。まだまだ可愛い盛りの我が子を、横からかどわかしたようなものだから、その気持ちは一人の親としてリンディにもわかるものだった。
 だからこそ、こうして逆にお礼を言う姿は稀有であった。
 そして、その姿にリンディは尊敬の念すら抱いたのである。何故なら、彼は自分の感情は二の次にして、まず第一に“なのはの気持ち”に重きを置いているからだ。
 それも、ただなのはが望んだから応援したわけではない。それが、なのはにとって大切なことなのだと察したから全力で支援したというのだ。
 それは簡単に言うが難しいことだ。望んだこと全てを、応援するわけではない。それがきちんとその子のためになるかを考え、その上でそれがその子にとって大切なことだからこそ、応援するということ。
 それは、どこまでもその子のことを理解し、それでいて深く愛していなければ到底できない芸当である。
 それだけで、彼がどれだけなのはのことを大切に思い、そしてどれだけよく見ているのかをリンディは理解させられた。
 彼となのはの間には、きっとそれほどまでに深い繋がりがあるのだと、今まさにリンディは実感したのだ。

(なのはさんのお話の通り……いえ、それ以上ね。なのはさんがこの方のことをよくわかっているように、この方もなのはさんのことを誰よりも理解しているんだわ)

 その相互理解が前提にあるからこそ、何も事情を知らなくても彼はなのはをリンディたちに預けられたのだ。その信頼の深さに、それを培い維持している強さに、リンディは尊敬の念を抱いたのである。
 だから、リンディは彼のお礼を受け入れた。もちろん、リンディ自身もお礼を言いながらだ。何といっても、助けられたのは自分達なのだ。だというのに、受け取るばかりというのは到底納得できるものではない。
 が、事情を知らない彼は、リンディ達がなのはに助けられたといっても理解できないだろう。事実、お礼を返された彼は首を捻っている。
 その彼の姿に、リンディはくすりと小さな笑みをこぼした。

「……なのはさんは、幸せね。あなたのようなお兄さんがいるのだから」

 その言葉に、彼は一瞬きょとんと目を見張り。次いで、照れくさそうに頭を掻いた。

「そう思ってくれていると、嬉しいですね」





 それから少々話を続けたものの、それもすぐにお開きとなった。
 そして子供達がいるところに戻ると、真っ先になのはが彼に気付き、その腰に抱きついた。
 それに驚き注意しつつも、引き剥がすまではせずに受け入れている彼。それに気をよくして、なのはは嬉しそうにそのまま身体ごと彼を引っ張り、子供達の輪に彼を連れて行く。
 それに苦笑しつつ、従って連れられていく。そんな二人を笑って迎える子供達。
 全員に笑顔が溢れるその光景を、リンディは目を細めて見やる。
 きっと、私達がいる意味はこの瞬間のためにあるのだ。その確信を強くし、リンディは内心で決意する。
 今回の事件も、きっと解決する。この光景を守るためにも。
 そして願わくば、その後に待つ光景が今目に映るものと同じものでありますように。
 明るい陽だまりの中で笑い合う姿を見て、彼女はそっと願うのだった。

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コメント
コメント
遊戯王の方も毎回楽しませてもらってますけど

こちらの更新も待ってます。

気が向いたらで良いので~
2012/08/27(月) 14:05:05 | URL | jagari #- [ 編集 ]
RES
>jagariさん
遊戯王のほうが何とかなったら、こっちも書きたいところですね。
お待たせして申し訳ありませんが、その時はよろしくお願いします。
2012/08/27(月) 22:59:41 | URL | 葦束良日 #pU0LBAj6 [ 編集 ]
遊戯王の小説を探してたどり着いたんですが、
こっちも楽しいです。

気長に待ちますんで更新お願いします
2012/11/12(月) 01:38:52 | URL | mizuki #Z6mEFD/I [ 編集 ]
RES
>mizukiさん
ありがとうございます。
楽しめていただけたのならこれ以上の喜びはありません。
遊戯王のほうがひと段落したら、こちらにも手を伸ばしたいとは思っております。
その時はよろしくお願いします。
2012/11/12(月) 22:58:05 | URL | 葦束良日 #pU0LBAj6 [ 編集 ]
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